草津町と中之条町の日記

群馬県中之条町より発信

1月8日 リー女史明石への旅立ち(1936年)

1月8日 リー女史明石への旅立ち(1936年)

 【83年前の1月8日】

 

 1935年4月にコンウォール・リー女史は4回目の静養を終え英国より帰国しました。

しかし、リー女史の体調は優れず、しかも、草津の冬は年老いた女史には厳しすぎました。

そのころ、南関東教区時代に共に働いた友人のシメオン宣教師より、温暖な兵庫県明石で静養する旨の誘いを受けました。

当初リー女史は受け入れようとしませんでしたが、教会員たちの説得があり涙ながらに受け入れました。

リー女史は1935年のクリスマスが近づいたころ、教会の信徒たちにメッセージを送っています。

 

1936年1月8日午前、ついに湯之澤を離れ友人の宣教師シメオンと共に暮らすために兵庫県明石に向かいました。

信徒たちは涙にまみれながら手を振り別れを惜しみました。

このときが、湯之澤の人々との今生の別れになったのであります。

 

なお、リー女史が去った日の午後三時ころ聖マーガレット館(非感染児童のための施設)が原因不明の出火で焼失しました。

しかし、同年秋には焼失前とほぼ同じかたちで復元、再建する奇跡が起きたのであります。

 

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